大使室より(湖の男)

令和3年7月13日
湖の男:画像
「湖の男」。
アイスランドの代表的な作家の一人、アーナルデュル・インドリダソンが2004年に書かれたミステリ作品で、日本ではスウェーデン在住の翻訳家、柳澤由美子氏の訳が東京創元社から2017年に出版されています。アイスランドに赴任する前、大使任命がほぼ決まった後に、勧められてこの本を読みました。原作のタイトルとなっている、クレイヴァルヴァフテン(Kleifarvatn)は、レイキャビクからさほど遠くないところに実際にある湖の名前です。物語は、地殻変動の影響か、突然、水位が下がり干上がってしまったこの湖の湖底に、ある女性が白骨の遺体を発見するところから始まります。
 
私は、この作品の、特にこの導入部分が好きで何度も読んでいます。発見者の女性はその後の物語とは全く関係がありませんが、この孤独な女性の人物造形になぜか強く惹かれるものを感じるからです。実は、この女性は、物語の最後に再度登場し、名前も「スンナ」であることが明かされます。彼女はエネルギー省水専門の研究員です。
 
なぜ、こんなことをここでご紹介するか、というと、ややこじつけのように聞こえるかもしれませんが、水資源管理が、アイスランドのエネルギー計画に関して重要な意味を持っていることを裏付ける一つの例証のように思われるからです。数字で見ても、アイスランドの電力供給源に占める水力発電の比重は7割に及び、その重要度は明らかです。
 
ちなみに、アイスランドには火力発電所は一つもありません。原子力発電所もゼロです。この国の電力は、ほぼ水力と地熱によるものです。地熱利用については、別の稿に譲り、ここでは水力発電の話に絞りましょう。
 
先日、アイスランドの電力供給の7割を担うランズヴィルキュン社のCEO、ホルデュル・アルナソン氏から話を伺う機会がありました。彼も、アイスランド国内の豊富な水資源を上手に活用する必要性を強調しておられました。発電用のダムは維持管理さえしっかりすれば、70年でも、80年でも長く活用できる、とホルデュル氏。問題は、気候変動や地殻変動などによって水資源の利活用が難しくなること、なのだそう。クレイヴァルヴァフテン湖の水涸れは、2000年代初めに実際に起きたことのようですが、日本であれば、国土交通省、せいぜい水産庁の所管事項でしょう。しかし、この国ではエネルギー計画を司るエネルギー省の水専門家の調査事項、なのです。
 
そのホルデュル氏が将来ありうるシナリオとして、指摘しておられたのが、温暖化による突然の氷河の崩壊、それによる大規模洪水による一部のダム崩壊のリスクでした..。
 
あまり、起きてほしくありませんが、この国に与える影響が大きいことを改めて認識しました。