大使室より(南極と日本)
令和8年2月5日
前回、北極と日本について書いたのに続いて、南極について取り上げます。
日本と南極の関係は旧く、1912年に白瀬中尉が冒険家として南極に上陸しました。私がかつて勤務した豪州のシドニーには白瀬中尉の記念碑があり、また、南極観測船「しらせ」のシドニー寄港は同地で大変歓迎されたのを覚えています。日本は、1957年に南極観測のために昭和基地を開設し、1959年に採択された南極条約の原署名国の一つとなりました。南極条約は1961年に発効し、アイスランドも2015年に締約国となっています。
その昭和基地は、アイスランドと縁があります。簡単に言うと、アイスランドと南極の間にまたがるオーロラ・オーバルがあるのです。日本の国立極地研究所は、アイスランドと南極の昭和基地が一つの磁力線で結ばれた「地磁気共役点」にあること(世界で唯一の組み合わせ)に着目して、1977年にアイスランドで「地磁気共役点観測」を実施しました。アイスランドにおける観測地点は、フッサフェル(Husafell)とチョルネス(Tjornes)です。1983年からはアイスランド大学と協力してより本格的な観測を開始しました。
https://polaris.nipr.ac.jp/~nsato/conjugate/conjugate.html
アイスランドの南極に対する貢献として、世界の有数の南極用車両メーカーであるアークティック・トラックス社があります。同社は、トヨタのランクル改造によって極地用特殊車両開発を手がけたもので、1997年から南極遠征チームの支援を行っています。BBCは2007年にトヨタ・ハイラックスAT38が磁北極まで走行する特別番組を放送しました。昨年12月は、アークティック・トラックス社のチームが日本のドームふじ観測基地を訪問する機会があったそうです。南極でアイスランド企業が活躍し、日本とも縁が深いというのは、とても心温まることだと感じます。
本年は、日本とアイスランドの外交関係樹立70周年であり、また、日本の南極観測70周年です。本年5月、日本は広島で第48回南極条約会合(ACTM48)を主催します。北極と同様、南極でも日本とアイスランドは、科学でつながっています。
日本と南極の関係は旧く、1912年に白瀬中尉が冒険家として南極に上陸しました。私がかつて勤務した豪州のシドニーには白瀬中尉の記念碑があり、また、南極観測船「しらせ」のシドニー寄港は同地で大変歓迎されたのを覚えています。日本は、1957年に南極観測のために昭和基地を開設し、1959年に採択された南極条約の原署名国の一つとなりました。南極条約は1961年に発効し、アイスランドも2015年に締約国となっています。
その昭和基地は、アイスランドと縁があります。簡単に言うと、アイスランドと南極の間にまたがるオーロラ・オーバルがあるのです。日本の国立極地研究所は、アイスランドと南極の昭和基地が一つの磁力線で結ばれた「地磁気共役点」にあること(世界で唯一の組み合わせ)に着目して、1977年にアイスランドで「地磁気共役点観測」を実施しました。アイスランドにおける観測地点は、フッサフェル(Husafell)とチョルネス(Tjornes)です。1983年からはアイスランド大学と協力してより本格的な観測を開始しました。
https://polaris.nipr.ac.jp/~nsato/conjugate/conjugate.html
アイスランドの南極に対する貢献として、世界の有数の南極用車両メーカーであるアークティック・トラックス社があります。同社は、トヨタのランクル改造によって極地用特殊車両開発を手がけたもので、1997年から南極遠征チームの支援を行っています。BBCは2007年にトヨタ・ハイラックスAT38が磁北極まで走行する特別番組を放送しました。昨年12月は、アークティック・トラックス社のチームが日本のドームふじ観測基地を訪問する機会があったそうです。南極でアイスランド企業が活躍し、日本とも縁が深いというのは、とても心温まることだと感じます。
本年は、日本とアイスランドの外交関係樹立70周年であり、また、日本の南極観測70周年です。本年5月、日本は広島で第48回南極条約会合(ACTM48)を主催します。北極と同様、南極でも日本とアイスランドは、科学でつながっています。