大使室より
平成30年6月15日
アイダーダウン


アイスランドから日本への輸出品で最も有名なものは、シシャモを中心とする魚類ですが、少量ながら文字通り二国間経済関係の「一翼を担っている」(?)輸出品をご存知でしょうか?
それは、アイダー(乃至アイダー・ダック)と呼ばれるケワタガモ属のカモから採取されるダウン(羽毛)で、日本では「超高級羽毛ふとん」の原料として人気を博しています。
アイダーは、北極海近郊の海上に生息する野鳥ですが、毎年5~6月の繁殖期になると、アイスランド北部の湾に戻って来ます。繁殖時には、ホルモン分泌の影響で、メス鳥の腹部のダウンが抜け落ち、抜け落ちたダウンを敷き詰めて巣を作ることで、強い風の侵入を防ぎ、親鳥の体温を直接「卵」に伝える形で25日間の抱卵を行います。
メス鳥はこの期間中、殆どの時間を卵の上で過ごしますが、キツネやイタチ、カモメといった天敵に襲われることもしばしばで、そんな天敵から、アイダーを守っているのが、地元の農家の人達で、場合によっては24時間見張りに立つこともあると言います。
そして、無事ヒナの巣立ちが終わる頃、巣の周りに残っているダウンを農家の人達が採取して利用するという、まさにアイダーと人間の間の共生・互恵関係が千年以上も続いており、アイダーも人間が天敵から守ってくれることを理解しているというから驚きです。
アイダーは特別保護対象の野鳥である為、一般的なグースやダックの羽毛の様に、鳥の身体から直接羽毛を採取する事は禁止されて居り、繁殖時に巣に敷き詰められたものを後で採取する方法が唯一のもの。そのダウンは、先端が鍵状になっている為、ダウン同士が良く絡みあい、大きな空気層が形成されることで、他に類をみない保温性が得られると言います。
先日、ダウンの輸出会社の社長のご案内で、日本最大手の寝具メーカーの方々と一緒にアイダー生息地の視察ツアーに参加させて頂きました。北西部のブレイザフィヨルド湾を臨むスティッキスホルムル町から、フェリーに乗船、繁殖地となっている島の周辺のアイダーの様子や、町中の工場で行われる収穫したダウンの洗浄・選別工程等を見学させて頂きました。
最も驚いたのは、両手で抱えるほどのダウンを手の平に載せて貰った際、重さは全く感じないまま、ただ手の平が温かくなって来たことでした。この軽量さと保温力がアイダーダウンの人気の秘密なのだと実感しました。
アイスランド全体では、年間3トン前後のアイダーダウンが海外に輸出され、その7~8割が日本向けとなっています。日本の寝具メーカーの方によれば「アイスランドからのダウンの輸入取引は30年程続いている。このダウンを使用した寝具は高価ながら、親子孫の3代使用出来る優れもの」とのことでした。
このダウンのもう1つの魅力は、私たちに安眠を確約してくれるダウンを提供してくれたダックが、その後も暫く元気に北極圏で生息している確率が極めて高い点です。その秘密は、アイダーダックの平均寿命が15年前後である一方、繁殖活動が2~3歳から始まる為です。
アイダーダウンを使った寝具、私にはなかなか手が届きにくい高級品ですが、いつかは、ダウンを提供してくれたダックの住むアイスランドと北極圏の彼方に思いを馳せつつ、眠りに就ける日が来ることを楽しみにしていたいと思います。